「さて!」である。

今私は73歳。 前期高齢者の崖っぷち。 立派な老人である。

ところが、この私、自らの年齢意識が希薄で、他者との年齢差にも無頓着。

若き、脂ぎったころには、先輩への対応で、咎められたことも度々あった。

若い人との境目もあまりない。

いわゆる自分と他人、いや他物と、比べるという回線がゆるゆるなのである。

その私が、“いまここ” で感じることを再び発信することにした。

お付き合いください。
 
 
■コラム(1)

今年の出来事で、印象的だった一つに、福井市郊外でのお葬式での出来事がある。

故人は、郵便配達や檀家の世話役にはじまり、地域の公的な仕事を
一手に引き受け、その地ではなくてはならない存在だった。

ところが80歳を過ぎたある日、交通事故を起こし、
心配した家族は、車の運転を止めさせた。

そのころから、急激にカラダが衰え、痴ほう症になり、
寝たきり状態になっていったという。
 

近代的な式場は、葬儀が終わると、近親者のみ、お別れの部屋へと移った。

私は、ほとんど無意識に、みなさんと一緒にその部屋へ。

そして、親族のお別れが終わった後、
「ご苦労さまでした」と、故人のお顔を拝ませていただいた。

実にその時、私自身のこれからの人生への思いが、一気にこみ上げてきた。
 

私は、社長を退任し、古希を迎え、代表権を返上したころから、
急激に忘れ物、間違い、体力の衰え、さらに物事への執着、意欲などが衰えてきた。

自分では、心身のギアチェンジが必要なときだなと、実感していた。
そんな矢先での葬儀への参加だったのだ。

私は、事業計画発表会で、「ボケてる場合じゃない」「寝たきりも真っ平」
「人生余熱あり」「ギアチェンジだ!」と吠えた。

とはいえ、忘れることも、間違いも、経年変化もちゃんと受け入れ、
ため息など無用。

心意気と実践は、「生涯現役」、「公的活動」、「長期計画」、
「小飲・小食・腹呼吸」であり、日々は、自然体の生き方を誓った。

だから そして いつも「自然体」なのである。

2014.12./江場沁甫

eba2014.12